2006年10月08日

最近の事務局

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今週は今日から3連休!東京はどうやら秋晴れが3日間続きそうです。
この3連休、夢職人の活動はないのですが、今後の活動に備えて準備をしております。

まずは、10月に行う「あそびの達人」の準備。先日の活動日記にも記載してありますが、江東区にあるキャンプ場を使用します。
当日のプログラムはほぼ完成しているので、プログラムを進めるために必要な物品のリストアップや調達方法、運搬手段等の検討をしております。
10月の「あそびの達人」は22日に予定しているのですが、今日のような秋晴れの中、開催できることを祈っています。

また、先日、江東エコ・リサイクルハウスさんから協働でイベントを行いませんか、とお話を頂きました。
このイベントは、11月12日に予定されていて、地域の小学生3〜6年生を対象としたイベントで、「砂町えこトレジャー」という企画です。自分たちの住んでいる地域を歩いて、自分たちが住んでいる地域に昔から根づいている文化や伝統、貴重な建造物等を再認識し、地域に愛着を持とう、という内容の企画です。
実際、予定しているコースを江東エコ・リサイクルハウスの方と歩いてきたのですが、驚きと発見に満ち溢れていました。どんな驚きや発見があったのかをここに書いてしまうと、当日の進行に支障が出てしまうのですが、一つだけ書かさせてください。
江東区の南砂に元八幡という八幡さまがあります。「砂町えこトレジャー」では、この元八幡も回ります。江東区にある八幡さまというと、門前仲町にある富岡八幡宮が有名なのですが、歴史をたどると、南砂の元八幡が移動して、門前仲町の富岡八幡宮になったそうです。「元の八幡さま」→「元八幡」というそうです。昔の江戸の人は、八幡さまを信仰する人が非常に多かったと聞きました。また、昔の江戸の人は富士山に登ると家内安全や商売繁盛のご利益があると言われていたそうです。昔からの名残は今も東京の各地に残っていて、「富士見坂」や「富士見町」なんていう地名もありますよね。
しかし、江戸時代、江戸から富士山までの交通手段は徒歩か駕籠しかありませんでした。一般庶民は駕籠に乗ることができるほど裕福ではなかったですし、徒歩で往復するには箱根峠を越え、十数日の時間が必要でした。今みたいに箱根に行くにはロマンスカーなんていう時代ではなかったですからね。
そこで、富士山の岩や石をたくさん持ってきて、江戸の各地にある八幡さまに富士塚という小さな山を江戸の人たちは作りました。本物の富士山に行くことができない人たちのために、近くの八幡さまでおまいりができるようにしたのです。江戸時代には数多くの富士塚が東京中にあったそうですが、昔のままの富士塚が残っているのは、実は、東京中探しても一カ所しかありません。
話が長くなりましたが、その一ヶ所が、江東区の南砂にある元八幡の境内に残っています。実際に、この目で見ましたが、標高は恐らく、3メートル近くはあったのではないでしょうか。立派な富士塚でした。実は、この富士塚と元八幡が、かの有名な広重の…。 ここから先は秘密ということにしておかないと、当日の運営に支障が出てしまいます。
「砂町エコトレジャー」の詳細は決まり次第、またお知らせさせていただきます。

(チーフマネジャー 鈴木)
posted by 特定非営利活動(NPO)法人 夢職人 at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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